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気仙沼支援活動報告

4月6日出発
各サービスエリアは給油は問題なし。
ハンサム判治さんから紹介をいただき山形県天童市のモンベルアウトドア義捐隊へ立ち寄
る。必要物資の提供及び避難所の情報もあるため、ボランティア団体が情報をもとに必要
物資を必要な避難所へ届ける体制が整っている。ご協力頂きましたハンサム判治さんモンベルアウトドア義捐隊様、ありがとうございました。

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一ノ関を降りたあたりはいたって普通の状態。コンビニ、スタンド、お店などは全く通常
営業。気仙沼へ向かうが被災地の直前までは同様、コンビニ、スタンド、焼き肉やなどの
レストランも営業。気仙沼の駅周辺ですら居酒屋が営業してる状況。都会では頼みの綱の
「カーナビ」も役には立たず。目指す小原木中学校になかなか辿りつかず停車中の消防車
に道を尋ねるとNPO法人という事で、消防車が先導し最初の避難所へ。靴が足りていな
いとの情報により靴とその他その場で聞いた物を下ろす。「小原木中学校」は201名の
方が避難。比較的大きな避難所であり医療隊、消防隊が在住。その他の必要物資の情報は
連絡先を交換し、現在情報整理中。

車中泊は道の駅がとても便利です。
夜の被災地は完全に色がなく町全体がグレーです。

4月7日
気仙沼漁港へ。今回気仙沼を訪ねるきっかけとなった方へ情報を聞きに・・・
海の中を調査するダイバーの方がすでに高齢であり、たった一人で調査をしている状況。
ボランティアダイバーについては危険性を伴うため、難しいとの事。荒れ果てた漁港を
家を失ったそれぞれの人たちが自ら片づけている。一部、無償で漁港とつながりのあっ
た方々が手伝ってはいるものの圧倒的に重機、作業員が足りない。

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情報をもらい唐桑小学校へ行く途中被災地で一件だけ営業している青果店が、、、
この青果店については後ほど。

唐桑小学校
避難している方はお年寄りがほとんどで30名程。
この学校のすぐ下のスーパーは完全に崩壊。高台になる地形のため学校から先が無事
残る。積み荷から必要な物を下すも、最初は遠慮している様子で田舎の人たちから情
報を聞き出す事も重要と感じる。責任者はもちろんそれ以外の人とも話をする必要あ
り。例えばトイレットペーパーは足りていると言われ、若い女性の先生と話すとトイ
レットペーパーを両手で抱え込むようにして「欲しかった」と喜ぶ。悪気があるので
も把握していないのでもない。遠慮深いのだ。その証拠に徐々に担当者の方は色々と
話をしてくれて、新学期にむけて子どもたちの文具などが全く足らないと話してくれ
た。詳しくはリストを作成しました→コチラ

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気仙沼総合体育館
出発前にメジャー避難所、マイナー避難所という議論によりマイナー避難所を支援する選
択をした。ゆえにメジャー避難所を知る必要が有り・・・ということで気仙沼で一番大きな
避難所へ。大きな体育館。敷地には自衛隊が在住し炊き出しを行っている。マギー審司が
マジックをしていた。物資は豊富にあるが、でかい体育館に一体何人寝起きを共にしてる
のだろうという数。プライバシーと感染などはこちらの方が問題は大きい。皆がマスクを
着用。建物に入るには手を消毒する必要が有り。子どもたちのキッズルームは充実。一緒
に絵を描き遊んで来た。プレイルームの旗もYORKE.が子どもたちと一緒に作り飾って来た。
子どもたちのケアが一番必要だ。早くなんとかしなければならない。

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唐桑公民館・唐桑体育館
気仙沼総合体育館で情報収集。小さな避難所を教えてもらう。日々状況が変わるため実際には何人の人たちがそこにいるのか、まだその避難所があるのか不確かだと言う。近い距離でも把握するのは難しい状況のようだ。訪れてみると遺体安置所をはさみ、二つの避難所が存在していた。長靴、毛布、砂糖、醤油、お茶、軍手・・・多数の物が足らないと。ここでは靴は相当喜んでもらえた。それ以上に喜ばれたのは・・・酒とたばこ。大きな避難所では禁止されているようだが、それは仕方ないとは思うが・・・非公式で苦い水です。といって渡すほか無い。
体育館の責任者の正一さんはいたって元気だった。こちらではじめてそのよう元気なお年寄りに会う事が出来た。冗談が好きでこちらを和ませてくれようとしているかのようだった。しばらく正一さんと会話をした。会話を楽しんだ。丘から下の方を見て「何にもなくなっちまったよ」と深いしわに囲まれた大きくて優しい目が少しだけ険しい目になった。「みんな一度は来ても二度は来ないだろ」と正一さんが言った。必ず来るとみんなで答えた。必ず来なければならない。これは長い、とてつもなく長い支援になる事を正一さんの一言に気付かされて覚悟した。

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鮪立児童館・老人憩いの家
正一さんに教えてもらった避難所へ行くことにした。情報は現地の人に聞くのが一番良い。50名が避難生活をおくり食事は近隣の被災した人たちも集まり100名になるという。ここでも積み荷を下し必要な物を聞く。布団類、作業着、Tシャツ、帽子、ハンドクリーム・・・など食料以外のものは必要のようだ。男性陣はこれからあたたかくなるためTシャツが欲しい。それがあれば上は何でも羽織ればいいから・・・としきりに言っていた。ここでも今までの避難所全てがそうだが、話をしていくうちに必要なものは増えてくる。みな遠慮している。会話が必要だ。もらう事に気が引けるのだ。老人憩いの家には小さな子どもは一人いて責任者の塚本さんのお子さんだそうだ。老人が多いためうるさいと申し訳ないとの理由でお子さんは車で寝てると言う。気遣い、遠慮、集団生活の難しさを聞かされた・・・私たちが持って行ったデニムは相当喜ばれた。私がみんなに囲まれてはたから見たら出店に群がる男たちのようだ。俺はサイズは何インチだ、お前は何インチだと試着をはじめた。「ものすげえオシャレなジーパンだな」「生デニムですよ」「生デニムってなんだ?」などというやり取りをした。おしゃれなものを持って行くとそれはそれで会話が弾む・・・帰り際お茶を飲んでって下さいと強くすすめられた。せてと飲み物とサンドイッチをもらった。食パンにジャムとバターが塗られているサンドイッチをどうしてもと手渡された。飲み物や食べ物を積んで届けに来たのに・・・笑って手を振ってまた来ます!と約束をした。田舎の人の優しさに何も言葉が出ない。

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今回私たちは気仙沼の唐桑町を訪れた。
そして感じたこと。
避難所の人々に必要物資を聞くには会話が必要。聞き出す事が大切。
現地の人の情報を頼りに回った方が良い。現場の状況は日々変わる。
話し相手になるだけも良いと思う。ただし復興作業中の人には厳禁。邪魔になるだけ。
圧倒的に重機、作業員は足りていない。このままでは町が整理されるのはいつになることだろう。
大人の水や煙の出るスティックはとても喜ばれる。ただし大きい避難所ではNG。
やはり新品が良い。中古で使えるものもあるが「もらう」事を遠慮しけれどそれをしなければならない
被災地の人の精神状態を考慮すると中古は適切では無い。皆様どうかこれはお願いします。
子どものケアを一刻も早く行動しなければ。
一度だけではなくその後も関係を持ち長い支援が必要。特にそれは私たちのような小さな団体に出来ること。
必要な所に必要なものが届くよう他の団体、個人が情報を共有する。
当団体の気仙沼を中心とした情報はツイッターで。



みんな地球の子どもじゃんはこれからも気仙沼唐桑町を
中心に復興支援活動を継続します。
すでに活動されている方も多くいらっしゃると思います。
たくさんのピースで支援のパズルを埋めていきましょう。








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□■NPO法人みんな地球の子どもじゃん■□
理事長 木村一雄
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■子どもたちの心への支援
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